「従軍慰安婦像は日本側が主導して設置するべき」を読んで思い出したこと

たまたま読んだブログ記事、わたしも同じことを思っていたんですよね。
数年前にベルリンを訪問した時に感じたことを、私なりに書いてみたくなりました。

初めてドイツに行ったのは、まだ若い頃(東西ドイツ時代!)で、
欧州の街並み自体が物珍しかったせいか、他の国といっしょくただったのですが
うん10年後、おばさんの目を通して見る久しぶりのドイツはだいぶ違った顔をしていました。

目についたのは、いたるところにある、戦争の傷跡。
近隣の国に比べると、ドイツには古いものが残っていないのです。
もちろん素晴らしい教会建築も残されていますが、
ステンドグラスは、明らかに最近作られたものであったり、
または一見きれいな教会は、いったん瓦礫になったものを一から再建したものであったり。
街並みも、戦後のコンクリート建築が多いかも。

なんだか暗い気分のまま、ナチスの本拠地であったベルリンに立ち寄ったのですが、
ベルリンの壁の残骸も印象的ながら、ナチスの時代の遺構や、ホロコースト記念碑、 大きな写真パネル、ユダヤ博物館などに、強い印象を受けました。
解説付きの写真パネルなども、街のあちこちで見かけました。

これを例えば従軍慰安婦in日本に置き換えれば、
まあ、場所は例えばですが、東京駅から皇居に通じる広い大通りに、
大きな従軍慰安婦の碑があって(もちろん日本政府によって建てられたもの)
あちこちに、当時の従軍慰安婦の写真なんかが、説明付きで置いてあり、
歩いていける距離に、すごく立派な従軍慰安婦博物館がある、という感じでしょうか。

それを見たとき、私は「ドイツひでえ」ではなく「ドイツすげえ」と思いました。
よく、おじさん方が、ドイツは徹底的に賠償をしてたくさんお金を払ったからだ、などと
お金の話にしたがりますが、そうじゃない、と実感しました。
だって、ドイツが自国の過去と、どれだけ真剣に向き合っているか、伝わってくるもの。

へまをするのは、そして自分のへまを認めるのは、誰だっていやです。
小さな子供だって、いや、犬や猫でさえ、へまをしたら隠れたり、知らんふりをします。
大人だって、仕事でミスをしたら、できたら隠したい。
日本は過去のへまに向き合わずに、過去を隠そうとしている方に少なくとも「みえる」。
(ついでに海外では、日本はracist(人種差別主義)で、hentai(変態)と思われているって聞きますが…)

日本にある戦争博物館は、なぜか、「苦労した日本人」「米国に原爆を落とされた日本人」
「ひどい目にあったわれら」の博物館ばかりのようです。(知らないだけならごめんなさい、教えてください)
でも、ドイツはナチ(=むかしのドイツ)がしたことは「間違いだった」と明言し、
その悪行を「こんなにひどいことをした」と、事細かに張り出すことによって、
「今のドイツ人」と「ナチスの時代のドイツ人」を峻別し、外部化している。
いまのわれらは、ナチとは違うからね、ということができているんです。

一方、日本はというと、戦犯を靖国に合祀さえして、
「いまの日本」に「むかしの大日本帝国」をうやむやにミックスして地続きにしまった(ように見える)。
なんだか残念な感じに見えるのは、わたしだけでしょうか。
ええと、東京裁判はデタラメばかりで間違っていた、という意見(事実)は、ややこしくなるから触れません。
敢えて理由を言うなら、飲み屋で「会社は間違ってるよ」と文句を垂れるオヤジも
会社のルールや経営方針に背かない、と言っておきます。べつに、長いものに巻かれるという意味ではなく。

わたしは、人間はみんな間違いを犯す、と考えています。
ホロコーストも、十字軍も、魔女裁判も、黒人奴隷も、人種差別も、性差別も、植民地支配も、原爆も、東京裁判も、太平洋戦争も、従軍慰安婦も、集団テロも、数々の紛争や戦争も、最低なことばっかりやってきて、いまもやり続けていて、たぶん明日もやるのが人間です。

ならば、いまも過ちを犯し続ける私たちは、
過去の過ちをどう整理し、扱ったら、本当の意味で前に進めるのだろう?
そんなことを、ベルリンの街を歩きながら考えていました。
(素晴らしい音楽も、美味しいレストランもある、好きな街の1つですが。)

ついでに付け加えると、ドイツだけでなく、欧州のいろいろな国に、ユダヤ博物館はあります。
ナチによるホロコーストは、信じられないほど残虐なものでしたけれど、
同時に、ユダヤ人を迫害してきた多くのキリスト教国の長い長い過ちの歴史の一部でもあるのだなあとも思います。

■書籍: People of the Book

10年ほど前の小説なのですが、最古のヘブライ語の古書、サライェヴォ・ハッガーダーに着想を得た小説を紹介させてください。古書が作られ、何世代にもわたって引き継がれていく物語を通して、ユダヤ人の迫害の歴史の一端を知ることができます。作者のジェラルディン・ブルックスは中東に駐在していたジャーナリスト。この作品でピューリッツァー賞を受賞しました。キリスト教イスラム教、ユダヤ教の3つの宗教の物語、フェミニズムの物語、そしてなにより人間の善意(というか、humanityというか)の物語として、彼女の経験も下敷きに、重層的に書かれていて見事です。そういいつつ、ちゃんと恋愛エピソードも入ってたりして、うまいんですよねえ。読み応えがあります。めずらしく原文で読んだのですが、最初の一文から引き込まれて、一気読みでした。修復とか保存に関する専門用語が出てくるけど、英語自体は難しくないです。

翻訳版は「古書の来歴 (RHブックス・プラス)」。リンクは上巻です。残念ながら、下巻は古書店で探すしかないようです。

にしても、まるでドイツにしょっちゅう行ってるみたいですね。そんなことないです。