独学という強さ 安藤忠雄展―挑戦―に行ってきました。

今年は、東近美でも建築の企画展(日本の家 1945年以降の建築と暮らし)を見ました。
来年は森美術館でも日本の建築の企画展をやるそうで、
数年前から日本の住宅建築に対する関心が高まっていることは感じていましけれど
建築、きてますねえ。

日本の木造住宅は、石造りに比べると耐久性が低く、
また、中古住宅の市場価値は数十年でほぼゼロになるため、
新築住宅のデザインが無軌道なまでに自由だ、とよく言われます。

たしかに、家というのは、すごく高いものなのに、
日本では、まるで洋服を選ぶように、今の自分、今の家族に合わせて家を建てる。
日本の家は、売るための家ではなく、純粋に住むための家なのです。
だって、土地しか売れないんだもん(悲)。

じつは、わたしには、リアルではわりとひた隠しにしている黒歴史があって、
それは、建築関係の弱小編プロでしばらく編集の仕事をしていたこと。
残念ながら、会社は潰れてしまったのですが、まわりがどんどん辞めて行く中、
最後までひとりで机にかじりついていた(←忙しかった)社畜のわたしに、
社長は「ついてきてくれる?」と聞いてくれたし、外注のクリエーターさん(なんの人だか忘れた)も、
「(仕事を)紹介しようか?」と言ってくれたのだけど、20代のわたしは、どちらもきっぱり断ったのでした。
あのとき、どっちかに乗ってたら、今の自分はどうなってた?とも思わないでもないけど、
どうにもなってなかっただろうなあ。(←爆笑)

前置きが長くてたいへんすみません。(←思い出の引き出しだけは多い)

その会社にいたころ、時間があると、よく資料棚にある建築雑誌を読んでいました。
さまざまな美しい建築のなかで、ある建築写真につきささるような衝撃を受けました。
それが、安藤忠雄さんの「住吉の長屋」と「光の教会」でした。
究極まで無駄を削ぎ落としたストイックな建築は、強烈に寡黙で、強かったのです。

今回、安藤さんの仕事をほとんど網羅した会場で、
そんな昔のぬるい思い出とともに蘇ったのは、あのとき建築からうけた「スピリチュアル」な印象でした。
ほかとははっきりと違う、「沈黙の質」、静けさのようなもの。あれはなんだろう。
建築を「独学」したという安藤さんの強さかもしれません。
独学の強さは、学校というシステムに潰されていない個性。
というか、おそらく逆かもしれない。途方もなく強いから独学なのかもしれない。
ヴェニスのプンタ・デラ・ドガーナは、個人的に完成したらぜひ見に行きたいと思っています)

会場には、光の教会の原寸大レプリカ(窓ガラスなしver)が建てられていて、
いろいろと思い出しつつ、それにしても、あの教会はこのあとどうなるのか、
そのまま置いておいて、いつでも見られればいいのに?などと考えてしまいました。

まだまだ、旺盛に仕事を続けていらっしゃる安藤さん、
今回の企画展は、安藤さんの暖かい、気取らない人柄が滲み出るような展示でした。
また、会場で販売されている著作と図録すべてに、直筆のサインが添付されていて、びっくり。
会場のあちこちで「お得です!」「安い!」「サイン入り!」などのポップが主張していておかしかった。

元プロボクサーの体力気力はどこまで旺盛なのだろう。
びっくりしつつ、わたしもついつい一冊買ってしまったのでした。