自由でいたい 年賀状が辛いので、比較検討してみた

「やっと出たね、クリスマスツリー。で、なにくれるの?」(←茶番)

ということで、やっとツリーを出しました(←おっそ!)。
というか、年賀状が辛すぎて、ツリーを出すことに逃げました(笑)。
といっても、「小さなツリーと、すごく小さなツリー(↑参照)」を出すだけなので、
一瞬で終わってぜんぜん逃避になりません。
(↑クリスマスなんてしなくてもいいという意見もあるでしょうが、迷えるクリスチャン(自分を疑い続けるカトリック)の端くれとしては、念のため祝っとこうかと)

今週のお題「今年中にやっておきたいこと」というより、やらねばならないこと、それは年賀状。
若い頃は「メールでいいよね」なんて言い合っていた友人達も、
いつしか、ハガキを送るようになったように、
年賀状を楽しみにしているひとは多いのだろうな、と思います。
たしかに送るのは辛いけど、もらうとたのしいんですよね、辛楽しい。

自分のモチベアップのために、年賀状は本当に大変なのか、比較検討してみることにします。

たとえば時代で比べてみる。
本来なら年賀の挨拶に行くところを、郵便制度の誕生のおかげで、ハガキ一枚に略せるようになった。
わあ、楽じゃない?(←わざとらしい)

たとえばキリスト教文化圏と比べてみる。
彼らは新年はパーティだけど、そのかわり
クリスマスには、家族親戚にプレゼントを用意して贈(送)り、
友人や取引先には、クリスマスカードを封筒にいれて送らないといけない。
(国によるだろうけど、わたしの知る限り米英だと、クリスチャンじゃなくても”季節のご挨拶”カードを送る場合も多い)

これは辛すぎる…。

うーむ、ハガキ一枚で済むって、すごいかも。

日本の年賀状、かなり楽なんじゃないか?

人間って、ちょっとでも義務感がからんで
「やらされている」とか「やらなくちゃいけない」と思うとなんでも辛くなるような気がします。
人間は楽をしたい生き物だから?

いや、たぶん自由を求める生き物だからじゃないでしょうか。
もっと面倒臭い、「ブログを書くこと」を、よくわかんないけど楽しくて(笑)嬉々としてやってるんですから(←自分のこと)。

でも、あのぺらぺらのはがき一枚が、ギフトなのだとしたら、
もっと心をこめなくちゃ。

大掃除は年末のお楽しみにとっておいて…と。(←さらに逃避中)