西と東と mind と heart (修正UPDATE)

西からのぼったお日様がぁ〜、東へしずぅむぅ〜(←昭和の子供ならみんな知っている名曲)

最近、転校生が新しい学校に馴染むように、
やっと、この国(日本)に馴染んできたなあと思うことがたびたびありまして、
純正日本製だというのに、この感覚はいったいなんだろう?と感じており
ブログに書いたらなにかわかるかもしれないと思ったので、だらだら(結果的に)書いてみます。

私たちの世代(around 50)は、西欧、特に米国文化や、翻訳された西欧の思想の影響を強く受けて、
家の中は畳なのに、畳を嫌悪しながら育ったようなところがあります。
戦争を経験したその前の世代が、「日本は醜い、劣っている」と感じていた(ようにわたしには見えた)影響かもしれません。

そんなわけで、私自身も、子供の頃から洋風の食事が好きで、和食は苦手、
見るものも、西洋美術ばかりで、日本画はいまいちよくわからない。
そして、結論の裏に論理がある、言葉を重んじる西洋文化のほうに、むしろ共感を感じてきました。
そっちのほうがわかりやすいし。

日本人の書いた論文は、日本語という言語の特性のためか
きちんきちんとピースを組み立てて、積み上げるような論理性に欠けていて、感覚的。
理屈っぽくて生意気なわたしにとっては、読んでいてうんざりすることも多かったのです。
それなのに、自分の体の奥底にある日本人の感覚もあり、日本人としての自覚もあり
ふたつはあまりに矛盾するので、わたしの中では、いつも西と東が勢力争いをしてきました。

たとえば
ごはんおちつくなあ、うめぼしと納豆おいしいなあ。(日)
地味だし、古臭いし、栄養学的に大丈夫?(西)

いいなあ、この建築、自然と一体になって落ち着くなあ。(日)
いや、この建築には「精神が、思想」が、ない(西) (美術や小説、特に私小説にも、だいたい近いものがあると思う)

まるでじぶんのなかにふたりいて、ずうっと言い合っているような
ずっと左右に頭をぶんぶん振って生きてきた感じがあります。
でもどっちかいうと、西寄り。頭でわかりやすいから

でも、それが、なんとなく急に、体感として日本がしっくりしてきたんですよね。
それは、歳を取ることと無関係ではないような気がします。

頭と体力が衰えてきたから?

そういう言い方をしたい人は多いだろうけど(年長者はいつだって目の上のたんこぶだからね。許そう)
そもそも脳は老化しないと科学的に証明されてるしね。体力は若い時からないし(笑)、
ちょっと違う。
あのね、体感として、なにか「新しい」世界が開きつつある、という感じがあるんです。
いままで閉じ込められていた狭い世界が、すこしづつ広がっていく、新しい感じ。
それと日本がしっくりし出したのが同時で、自分のなかですごく新鮮なのです。

英語では、心を示す言葉はmindとheartのふたつあります。
両方心と訳されますが、mindは知性や理性で、heartは、愛や感情、かな。
最近はそれにsoul(魂)を加えて人間の内面を説明しているのも見かけます。
それで言えば、heartとsoulが開いていく、という感覚かもしれない。

自分の若い時を考えると、体が若くて(体力はなかったけど)、
経験が少ないから、なんでも新鮮で、なんでも感動できたし
なにも知らないからすごく生意気になれて、面白いっちゃ面白かったけど、
現実を生きるために、手立てを作らなくちゃいけない。
目の上のたんこぶな年長者に教わって、スキルを身につけて、自分を鍛えなくちゃいけない。
正直、けっこうキツかったと思う。
だから、それどころじゃなくて、soulは閉じていた気がします。
でも、若い時はそれで、たぶん良かったんだと思う。

歳をとって、日本がしっくりしてきたのは、 日本の文化は、mindが弱いけど、heartとsoulで理解すべきものだからなのかもしれません。
というと、少々褒めすぎかもしれないけれど。(←日本べた褒めが気持ち悪い世代)

または、もうひとつ、気がついたことがあります。
今の日本は、私が若い頃うんざりしていた日本とは、ぜんぜん違う国になっているということ。
昭和の日本を懐かしむ人もいるけど、はっきりいって、昭和の日本人は、けっこうひどかったです。
アメリカ人もひどかったけど。
いまの世界は悲しいことだらけで、すごく悪くなっているように見えるけれど、
ある部分ではすごく良くなったことも、また事実なのです。
人間は、いつだって良くしようと思って、すこしづつ世界を変えてきたのだから。

気がついたら変わっていた日本。
日本がしっくりくるようになったのは、日本が変わったせいもあるのかもしれません。
まあ、もっと変わらないとだめなのですが。きっと、ずっと続くのでしょうね。

※読み返したら、すごく違和感があり、大幅に修正し、投稿日時もUPDATEしました。

言語や理論よりも感覚とも感じつつ、 でも、自分でいまいち理解できないことを言葉にすることで理解したい、
とブログを書いているところがあって、
それは要するに、言葉にすることで、見えてくるものがあるということなんですよね。
そもそも、言わなきゃわかんない、話さなければ伝わらないというのも事実だし。

ほんとうは、読む人を楽しませることを考えながら書かないといけないんだろうけど。
だから、この手のもやもや話は、人が少なそうな夜中にUPするようにしているんだけど。

けっきょく長々書いたわりには、まだもやもや。 むんずかしいです。