「です」と「ます」とダークサイド

何気なく、ですます調ではじめたこのブログなのだけれど、なんとなくこの「です」と「ます」に違和感を感じ始めています。この「です」と「ます」を通じて、新しいブログ人格(ぺルソナ?)みたいなものが生まれつつあるような気がするのです。

もともと、お気に入りのトラベラーズノートを持ち歩いていて、なにか見たり読んだりして興奮したときにいろいろ書いていたんだけど、そういうときは、ぜったい「ですます」は出てこないのです。「である」。であれば、この「ですます」で語るわたしは何者なのだろう?と問うまでもなく、たぶん「他者に向かうペルソナ」であることは明らかです。

それは、もともとのブログの目的とちょっと違うような気がするのです。

もちろん、ブログを公開する以上は、他者の目を意識して当たり前だと思います。なんの比較もせず、たまたまはてなで始めたけど、はてな独特の「コミュニティ感」みたいなものがなければ、たぶんすでにこんなに続いてないと思います。これはほんとすごいです。星をもらったり、読者登録をしてもらうと、すごく嬉しいし、励みになるというか、それ以上だし。なんだか、新しい友達ができたような、あの人は今日こんなこと考えてるのね、とか、がんばれーとか、ブロガーさんたちにすごく親しい気持ちを抱いているし。

でも、やっぱり違う。

なぜなら、わたしは「じぶんになりたい」と唱えながら、ブログを始めて、続けているからです。

「ですます」で生まれた人格は、わたしから見ると愛嬌があって、わりと明るくて、人のことを心配したり、応援してて、人にいいことや面白いことをシェアしたい。あれ、人ばっかじゃん?それでいいんだろうか?

応援団長になることで、わたしのダークサイド、暗いところ、悲しいところ、いじいじしたところが、どこかに(たぶん、また見えないところに)しゅるしゅると引っ込んで行ってしまいつつあるような気がするのです。ダークサイドを自分にさえ見えないように隠すのがわたしのいままでのくせ(得意技)なのに、また同じことをしようとしているんじゃないのか?

ここまでだらだら書いて、言いたいのは、である調と、ですます調がこれからこのブログで混ざっていくと思うけれど、かんにんしてね(←)ということです。

いつも読んでくださって、とても励みになっています。あんまりサービスできないかもしれないけど(←)、わたしが、じぶんになるために書いているブログです。気に障ったらごめんなさい。もし、これからも応援してくださればとってもうれしいです。

トラベラーズノートはコレ。もう何年も使っています。見られたら死ぬ。レフィルをいろいろ入れてスケジュールにもスケッチにも。