映画《ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男》を見てきました

映画とは関係ないけど、ドリス・ヴァン・ノッテンの服はなぜかフューシャピンクの牡丹の花を思い起こさせるのです。去年の牡丹の花

いつもと同じように映画館のフロアに向かおうとして、あ、と思った。黒づくめの人たちが多い。そうか、ファッション関係のひとたちが見る映画だったんだ。いまさら気がついた。

わたしは特にファッションに詳しいとか、洋服好きということもない。ファッション雑誌はほとんど、というか全く読まない。とはいえ、自分が嫌なものは着たくない。自分が好きなものを着られれば、それでいいやと思っている。ドリス・ヴァン・ノッテンはそもそも予算オーバーだし。

ドリスの服を買うことはないと思うけど、ランウェイを、服を見るのは好きだ。一種のアートとして見ている。人の体に纏われて動き出した服の、シルエットの美しさ、布のパターンや繊細な刺繍と質感の組み合わせ、色彩の美しさにため息が出そう。まるで花のようだ。一輪じゃなくて花束、とか花の咲き乱れる庭。“indulge”という言葉が思い浮かぶ。甘やかな蜜のお風呂に浸かっているような気分の言葉。あんまり体に良さそうじゃなくて、ちょっとワルいにおいもする悦楽に耽る。ぴったりな日本語がうまく見つからない。

予告編を見たときに、この映画が見たいと思ったのは、ドリスの庭と活けられた花のせいだ。わたしの中で彼の服と花たちが、完璧にリンクしたのだ。

でも、ドリス自身は、いつでもまるで制服のように、白いシャツや、ネイビーの丸首のセーターと、ネイビーのパンツ姿だ。白髪混じりの短い髪に、太ってはいないけどお腹がすこし出てて、ぱっと見は経理とか総務で静かに仕事をしていそうな、自然体のおじさんといった印象。でも、仕事をしだすと、とたんに眼光がキラリと鋭くなるのだった。そりゃそうか。

天才的な感覚で、「これとこれ!」と一瞬で重ねる布地を決めているのかと思ったら、一枚一枚、重ねては眺め、ずらしてまた考え、色合いがちょっと気に入らない、ちょっと違うと、時間をかけて考えながら決めていく。もちろん素晴らしい才能の持ち主だけど、それでも「これとこれ」を見つけるのは、ぜんぜん簡単ではなくて、見つけるという意志なのだ、というのが伝わってきた。でも、そういうものかもしれない。

それから上の動画の中でも言っているけれど、なんでも「時間割」を作って、人生の時間を、精一杯惜しんで、とことん楽しんでいる人でもあった。それで、去年時間割を作ろうと思って1時間単位のレフィルを買ったのを思い出した。これは、さっそくやらなければ。ドリスの真似はできないけど、時間をもっと大切に使いたいと思います。

映画のほうは、といえば、もっと庭や家を丁寧に見たかったなあとは思うけど、彼の歩みや生活なんかを覗き見たいファンの方々には楽しい映画なんだろうな。わたしは途中でちょっと眠くなりましたが。

◼️今日の音楽
たっぷり2時間のコンサート(しかもつい最近の)まるごとの太っ腹動画。トリフォノフが続きますが、メインはシューマンのピアノコンチェルト。動画を直接埋め込めないので、Facebookにログインしてどうぞ。

Orquestra Gulbenkian
Hannu Lintu Maestro
Daniil Trifonov Piano

Einojuhani Rautavaara
Cantus Arcticus, op. 61

Robert Schumann
Concerto para Piano e Orquestra, em Lá menor, op. 54

Jean Sibelius
Sinfonia n.º 2, em Ré maior, op. 43