小川洋子の静かな世界 - 目立たなかったクラスのあの子のこと

同時代の作品の魅力について

ちょっと前に、古典を見たり読んだりしたほうがよい、と書きつつ、わたし自身は現代美術や同時代の小説がとても好きだ。

でも、いろいろ読んだり、いろいろ見たりしているけれど、すべてをブログで紹介しているわけじゃない。「ふうん」で終わるものもたくさんある。良いと感じた作品との出会いを書き残しておきたいのは、自分の魂にその印象を強く刻んでおきたいためだと思う。言葉にしておかなければ、案外そのときはすごいと思っていろいろと感じても、しばらく経つと「すごかったことは覚えているけど、どうすごかったっけ?」ということになっていたりする。記憶力が良くないだけなのかもしれないけれど。

だから、そのときはそれほどでもなくても、なにかざらりとヤスリがけされたような感覚が残ったものは、いつかなにか言いたくなるかもしれないなと思って、心の中にとっておく。でも、なにも残らずにつるりと通り過ぎていくものもたくさんある。同時代の作品は、残念ながら古典ほど打率は高くない。かといって古典は打率10かというとそんなこともない。

たぶん対自分の魂ということだから、古典だって響かないものは響かない。だから仕方がない。同時代の作家だって変わっていく。若い頃は村上春樹がとても好きだったけれど最近あまり響かないのは、今のわたしが今の村上春樹の作品と響かないからなんだろうと思う。

それでも打率の低い同時代の作品には、古典にはない特別の魅力があってやっぱり追いかけてしまう。「今」生まれつつあるかもしれないすごいものを見逃したくないからかもしれない。

クラシック音楽でも、もう亡くなった演奏家の大好きな演奏をライナスの安全毛布みたいに聴く一方で、デビューしたばかりの若い演奏家のみずみずしい音楽に魅了されるのはなんだか特別に嬉しい。なんども演奏し、解釈し直されるクラシック音楽の得なところかもしれない。

と、長々と書いたのは、最近読んだ本じゃないけどね、という言い訳です。最近読んだあまりおもしろくない本よりも、わりと前によんだ、すっごく面白い本について話したい。というわけで小川洋子さんの小説のこと。

小川洋子さんの小説について

いまとなっては、小川洋子さんは大好きな小説家のなかでもトップを争うのだけれど、昔読んだ時には不思議な印象が残ったもののそれほどでもないな、という感じだった。でも、久しぶりに「ことり」を読んだ時に大衝撃を受けた。当時の読書メモには、こんな風に書いてある。

ポーポー語しか話さない鳥好きのお兄さん、どこまでも子供に寄り添う優しい母、自分の殻の中に閉じこもる父をもつ小鳥のおじさんの一生を描いた小説。この夫婦の関係は兄弟の関係ともどこかだぶる。おじさんは小鳥を世話することで兄に寄り添い続けたのかもしれない。常にどこか義務感を抱えて。おじさんの一生は寂しいものだったのに、読了感が充実しているのは、このおじさんの人生がどこか美しく完成されたものとして描かれているからか。最後のメジロが飛び立つことでおじさんも人生から解放され自由になる。完璧。

その次に、映画にもなった「博士の愛した数式」を読んで数学に憧れ、低身長のチェスプレイヤーの一生を扱った名作「猫を抱いて象と泳ぐ」を読んでチェスにしばらくはまった。

彼女は、いつもこつこつとひとり静かに脇目も振らず自分の人生を生きているような人々を描く。例えば、スクールカーストの上にいるきらきら系やらオラオラ系の人たちじゃなくて、クラスで一番目立たないような種類の男女。またはちょっといじめられてしまうかもしれないような人々。卒業アルバムを開いても、誰だかわからないあの子だ。だれか、あの子と仲良かった子はいないの?

でも、周りからどう見えようと、その子の内面には美しく深い魂の世界が広がっているのかもしれない。

短編小説集「」を読んだ時には、その印象がより強くなった。下は当時の読書メモ。

解説にもあるように多くの主人公は長い時間自分の小さな仕事の世界をひっそりと守り続けた人々。小説のように不思議なものでなくても職業というのは、その職業についていない人からはわからない謎の小世界を常に含む。職人の技、見たこともない道具の数々。短編小説一編ごとが小さな世界を含むように。若い頃一つの職業のワクに自分を嵌めて、その形の人間になりたいと願っていた。小さくとも自分の世界が欲しかったのかもしれない。最も印象に残ったのは表題作の海。小さな弟の美しい小世界。

記憶をなくしてしまう数学の先生や、ひとり鳥の世話をし続けるおじさん、不器用なチェスの天才やひとりぼっちのあの子たちに、わたしたちはリアルでは会うこともできず、友達になることもない。でも作品のなかで、そのひとたちの魂を覗き、そのひとと触れ合うように感じる。

そして、そのひとは、じぶんなのかもしれないと後になって気がつくのだ。

あの、目立たなかったあの子と連絡をとりたくなるかもしれない。

他にも色々読んだけど、とりあえずおすすめを。(でも多め)

口笛の上手な白雪姫

こちらが最新刊。わたしもまだ読んでいません。よまなくちゃ。

ことり (朝日文庫)

博士の愛した数式 (新潮文庫)

猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)

海 (新潮文庫)

けっこう初期の作品なので、今とは印象が少々違うけれど、短編なので読みやすいと思います。

読書メモがないものについては、やはりあまり克明に内容やその時の感情を書けない。ということでやはり、いまいちなものも読書メモだけは残しておこう、と改めて思いました。

では、今日もステキな思い出になる一日でありますように!

お題「今週の一冊」一冊じゃないけど、どれも本当におすすめ。

お題「好きな作家」