猪熊弦一郎「猫たち」展と「遊び」の精神

いろんな猫たち

人間界にいろんなひとがいるように、猫界にもいろいろな猫がいる。わたしの個人的な統計によれば、猫にもやっぱり頭のいいのとすっとこどっこいなのがいて、頭が良く注意深い猫には、個人的に一種尊敬を覚えたりする。でも、すっとこどっこいな猫も、なんというか同病相哀れむ的な親しみを感じて、また捨てがたい良さがある。

要するに猫好きというだけじゃないか、ということかもしれないのだけど。

以前話をしたジーは、かなりすっとこどっこいなほうで、やつが走るといろんなものがぶっ倒れたり、ぶっ飛んだりした。たぶんあまりにも夢中で周りが目に入らなくなるのだ。ああ、他人事とは思えない。一方、急いでいても鉛筆一本転がさない優秀な猫もいた。ジーはバカなことをしては優秀猫によく怒られていた。優秀猫パンチが飛ぶと、ジーはシュンとしてうつむく。まるで「ぼく反省してるよ」とでも言うように。おかげで人間は怒る手間がいらなかった。

猪熊家の猫たちと猪熊弦一郎「猫たち」展

田園調布の猪熊弦一郎宅には、ものすごくたくさんの(多い時期にはダース単位の!)猫がいて、しかも去勢をしていない雄猫がオシッコをしてまわるものだから、玄関から動物園のような匂いがしたそうだ。(ご存知のない方のために、盛りがついた雄猫の尿は、ほんとうに強烈な匂いで、洋服や布にかけられたら最後。洗濯してもまず落ちません)

猪熊ほどの数の猫を飼ったことはないけれども、猫がたくさんいる生活は楽しい。一匹だけ飼うのもいいけれど、多頭飼いも味わい深い。一匹だけだとわからないそれぞれの猫の個性が際立って、ちょっとした社会が形成される様は、まるで人間を見ているようだ。社長猫、部長猫、課長猫、ヒラ社員猫もいる。それぞれがかわいい。

というわけで(どういうわけで?)、Bunkamuraで開催中の「猫たち」展に行ってきた。じつはちょっと、「あざといなあ」と思いつつ。猫ブームの昨今、はるばる和歌山県まで猫駅長に会いに行く人がいるという。猫にまたたび、猫好きに猫。べつに、猫を目的に行ったわけではないんだけど。いや、断じて、違うってば。

今は三越の包装紙や馬や猫の絵のほうが有名みたいだけれど、私がはじめて猪熊弦一郎を知ったのは、抽象絵画だったと思う。カラッと明るい色彩や形は、今考えてみると、アドバイスを受けたというマティスの影響もどこかにほんのりと感じさせる。大画面はいかにも猪熊が暮らした当時のアメリカ的だ。米国では、今も猪熊は抽象画家だと思っている人のほうが多いんじゃないだろうか。

のちに丸亀にある猪熊弦一郎現代美術館に行った時に、恥ずかしながらちょっと驚いた。壁におどる自由な馬たちは、自由で開放的ではずむような遊び心にあふれていた。単純な線はうきうきと踊り、動いていないのにまるで動いているような躍動感を持っていて、どこか古代の壁画を思い起こさせた。

機嫌の良い家猫たちと遊びの精神

今回の企画展は、猪熊の描いた猫の絵を中心に構成されていたが、描かれた猫はほとんどは猪熊家の家猫たちなのだろう。野良猫のような強烈な生命観や、生きるか死ぬかの真剣な野生がないかわりに、そこにはやはり「遊び」があった。体が大きくなっても、心はどこか子供のままの、甘えん坊で気ままな機嫌の良い飼い猫たち。いがみ合う雄猫でさえ、その喧嘩の様子は、どこか人間同士の喧嘩のようだ。

抽象表現主義の大きなタブローも良いけれど、大好きな馬や猫を描いた時、猪熊はまるで無心な子供のようだ。線に喜びが溢れ、遊びのたのしさと嬉しさ、はしゃいだ笑い声が聞こえてくる。

でも、そんな作品を見たあとにあらためて抽象表現主義的なタブローの前に立つと、あの楽しい猫や馬を描いた同じ人の心のなかの子供の、無垢な遊びの精神や笑いがそこかしこからやっぱり立ち上ってくるのが見えてくるような気がする。

作品を見ているうちに、いつしか「遊び」はすごい、と考えはじめた。人間だけが遊ぶわけではない。どんな生き物も、野生の動物たちも、幼いものは夢中で遊ぶ。飼い猫や飼い犬が大人になっても遊ぶのは、動物は人間に飼われると精神が子供のままで止まるからだという話をどこかで読んだことがある。まさに永遠の子供(子犬、子猫)なのだ。

でも、じゃあ大人になったら遊ばないのか?と自分の身を振り返って考えてみると、真面目な顔をして眉根にシワを寄せ「忙しい、忙しい」と言っているけれど、実は秘密で遊んでいるのかもしれない。真面目なふりをしているけれど、これは大人の秘密です(笑)。

その間にも、小さな子供たちは駆け回り、顔を真っ赤にさせて笑っている。真偽のほどはおいておいて、遊びは命が外にあふれてほとばしったしぶきみたいなものなのかもしれないなあ、なんて思うのである。

◼️ねこたち (猪熊弦一郎猫画集)

◼️猪熊弦一郎のおもちゃ箱: やさしい線

というわけで、私は「忙しい、忙しい」とあたまから湯気をだしていますが、そのくせたぶん半分くらいは夢中で遊んでいるのだと思います。のんびり遊ぼう。

では、今日も、大人も子供も、思い切り遊ぼう!

*トップ画像:Title Unknown, 1987/画像参照:Bunkamuraザ・ミュージアム

会期は4/18まで。