アキール・シャルマ「ファミリーライフ」読書メモ

相変わらずご無沙汰ですが、今日は連休最終日。例年連休は音楽祭が主なのだけれど、そうは言いつついろんな美術展にも行ったし、何冊かの本も読んだ。

ファミリー・ライフ (新潮クレスト・ブックス)なかでちょっと印象的だったのが、‪アキール・シャルマの自伝的小説「ファミリーライフ」。最近ちょっとSNSなどで気になっていた、きょうだい児の問題のことも思い出しつつ読んだ。たまには読書もアウトプットしよう、というわけで読書メモを書いてみます。

ネタバレにならないように気をつけつつちょっとだけさわりを書くと、主人公はインドからアメリカに移住した家族の次男。優秀な兄が進学校の受験に受かったとたんに、事故で脳を損傷してしまう。その日から、すべてが損なわれた兄を中心に回り出す。すくなくとも、弟から見るとそういう風に見える。

そのなかで、主人公の少年の兄への愛情が、すこしづつ形を変えていき、なにか得体の知れないものに膨れ上がっていく。家族そのものも、兄を中心としてその形を緩慢に変え、ゆがんでいくなかで、幼い少年もまた同じように環境に歪められ、ある意味環境に訓練されて大人の男性になっていく、その様子が丁寧に描かれている。

それに加えて、移民として生きるなかで主人公が感じる、祖国や「白人」たちに対するへの屈折した思いなどもリアルに語られている。

家族というのは、単純にふたりの人間が生み出すシンプルなものではなくて、過去から受け継がれた文化や宗教や、周りの環境のすべてを吸い込み、巻き込みながら、いつのまにか大きくて深い闇のようなものを抱えるのかもしれない。そしてその無数の小さな闇から、わたしたち人間は生まれてきて、その闇によって訓練され、歪められて大人になっていくのだ、たぶん。

歪んだ人間が作るから家族が歪むのか、家族が歪んでいるから人間が歪むのか。卵と鶏みたいな話だけれど、それでも、歪んでいるなりに愛もあり、救いもあるのが家族のややこしいところかもしれない。そもそもが割れ鍋に綴じ蓋なのだから。

たぶん人間もまあそういうものなのだ。あばたもえくぼ?歪みこそが個性、歪みこそが魅力なのかも、しれませんよね。

では、今日もあなたらしいステキな1日を!

◼️ファミリー・ライフ (新潮クレスト・ブックス)