名作誕生-つながる日本美術展

長谷川等伯 松林図屏風 図(右隻)

ブログをだいぶサボったせいで、どこまで遡ればよいか、そろそろわからなくなりそうです(笑)。とりあえず連休前に遡って、見たものを順次のんびりあげていこうかな。

東博の「名作誕生-つながる日本美術」は、まずはキュレーションが面白かった。中国美術と日本美術、師弟のつながりや古典とのつながり、伊勢物語源氏物語といった文学作品をテーマにしたつながり、モチーフや定型の図像でのつながりなど、日本美術史のなかで繰り返されるテーマを「つながり」のキーワードごとに見て、日本美術史をなんとなく俯瞰できる構成になっている。

この「つながり」という言葉。あえてネガティブな見方をしてしまえば「模倣」とか「真似」と言い換えることもできる。「模倣」というとネガティブに取る人もいるだろうから、「つながり」という今の時代っぽい言葉にしたのかもしれない。

でも、なにかを作ろうとか、考えだそうとしてみたことがある人なら誰でもわかると思うけれど、結局はゼロからなにかを作ることなどそうそうできはしないのだ。すでに先人があらゆることを試しているし、それを見て見ない振りもできない。特に若い作家の作品を見る時、何を描いたら良いのか迷っているように見えることがある。描いても確信は得られない。わからないまま手探りをしている、ようにわたしには見える。

その中で、新しいやり方でなにかを掘り当てる人がいる。新しいレアメタルとかなにかを見つけるみたいに。なにか“新鮮さ”のようなものだ。みんなは驚く、なんで思いつかなかったのだろう?それはそこにあったのに?自分にも見えていたはずなのに?それはたぶんちょっとしたやり方の違い、ちょっとした視点の差、見過ごされていた小さな何かなのだ。

彼らは、ああいうものをどうやって見つけるのだろうか?料理で考えるとわかりやすいんじゃないか?と勝手に思っている。たとえば、「肉じゃが」という昔からのレシピが、お店でしゃんとした新鮮な「ネオ肉じゃが」とでも呼びたいような一皿になって出てきて、はっとすることがある。「オリジナル肉じゃが」を知らなければ「ネオ肉じゃが」は作り出せないような気がするのだ。クラシックを学ぶことは、まさに創造の種なんじゃないだろうか。

今回の企画展は、新旧、師弟の作品を目の前で比べて見ることができる貴重な機会でもあり、比べて見るからこそ、新しい方の作品に込められた工夫や独創性、面白さがかえって浮かび上がってくるように感じた。

たとえば、岸田劉生の『野童女』という、不気味な笑顔の少女の像(娘麗子を描いた数多くの作品のなかでも、ちょっと不気味かな?という作品のひとつ)は、寒山像(わりと不気味よりなことが多い)とつながっている!なんて、今回はじめて気がついたことのひとつだ。(画像は図録より、上が岸田劉生『野童女』、下は伝顔輝『寒山拾得図』)(岸田劉生好きなので、disっているわけではありません、念のため)

また、中国の緻密で緊張感のある図像や大陸風の理性的な描写が、若冲や探幽など日本の作家の手で描かれると、どこかやわらかさをまとったり、中国の自然主義的な精密描写が、装飾化されデザイン化されていることにあらためて気づいたりして、日本風、和風とはなんだろうということについて感じるところがあったりもした。

さらに企画展の題名「名作誕生」が示すように、当然ながらが多数の名作に出会えるのがうれしい。霧のなかの松林を墨一色で描いた、長谷川等伯の松林図屏風(トップ画像)も、1年ちょっとぶりに出品されている。この恐るべき作品をん10年前にはじめて見たとき、絵の前で動けなくなってしまった。

文章はまとまっていないけれど、企画展の方は、仏像から工芸品、屏風から風俗画や洛中洛外図まで、雪舟から宗達若冲光琳岩佐又兵衛岸田劉生まで、幅広く優れた東洋・日本美術史をまとめて見ることができる。会期は今月5月27日まで。私は会期の最初の方に行ったのでまだ空いていて、比較的ゆったりと見ることができたけれど、後半になるにつれて混むので早めに行った方がよいかもしれません。

では、今日もすてきなつながりのある1日を!

画像参照:東京国立博物館