生誕150年 横山大観展

横山大観について語るのは、とても苦手だ。日本画家の中でも一二を争う大人気の画家なので、いままで何度もいろんな美術館で企画展が行われているし、私もわりと律儀に見に行っているのだけれど、やっぱりいまいち良さがわからない(涙)という告白から、始めないといけないのがまずなんだかである。とは言っても、なぜか、じゃあ行かなくてもいいや、と振り切ることもできずに、行ってしまう自分のこともよくわからない。ということで、なんだか全体的にもやもやしているのである。

そうして、大観展に行くたびに、帰りにやっぱり良さがいまいちわからない、と思って首をひねりつつ帰ってくる。それなのに、また行ってしまう。横山大観は何をして、わたしに「横山大観をなんとか理解したい」と思わせるのだろうか。不思議だ。好きじゃないけど気になる存在、それが私にとっての横山大観である。少女漫画かラブコメ映画なら、いくつか派手な喧嘩をした後に、カップルとして結ばれることになりそうな設定である。

わたしが横山大観を苦手な理由は、だいたいわかっている。大観の作品は、日本画的な品の良さや、清らかな美しさをあまり感じさせない。ついでに言えば、大観は単純な線で見事に人間や動物の形態をとらえてしまうようなタイプでもなく、デッサンもあまりうまくはない。見ていると、なんだかあちらこちらが、もごもごと崩れたり狂ったりしている。さらに言うと、それなのに押し出しだけは強い。「どうだ!」と肩を怒らせてくる。

大観の富士山も、富士山自体の偉大さや雄大さというよりは、やっぱり富士山の後ろから大観の顔がちらりちらりと見えて、こちらの反応を伺っている感があって落ち着かない。どうやっても絵の向こうに隠れてはくれないのだ。そういうわけで、押し出しの強い人が苦手な私は、ちょっと「苦手だなあ」とやっぱり思ってしまう。

でもそれこそが、大観が数々の日本画家のなかでも抜きん出た人気を集め続ける理由なのかもしれない、とも思う。日本画の画家は、自然の脅威や美に目を見開き、自然を描こうとして自分はしずしずと画布の後ろに隠れてしまう。画家の個性はどうやってもなくなりはしないけれど、彼らの自我は西洋の画家たちのような強烈なものではなく、自然や対象の生命や美しさに溶けこんでしまうような輪郭の淡い自我だ。一方大観は、「どうだ」と主張してくるのだ。

レンブラントを見る時、私はそこにレンブラントその人を感じる。セザンヌの描いたサント・ヴィクトワール山には、やはりセザンヌがいる。そして素晴らしいなあ、と思う。でも、日本画を見る時は、画家ではなく自然そのものを感じて「いいなあ」と思う。あんまり画家に「どうだ」と言われると、ちょっとね、と思うのだ。

日本画を見ている私と西洋画を見ている私は同じ人間なのだけれど、どこか違うモードなのかもしれない。頭のてっぺんに小さなスイッチがあって、両端には「和」と「洋」と小さな文字で刻印してあって、日本画を見る時にはカチっと小さな音がして、「和」のスイッチが入るのかもしれない。冗談だけど。

それとも、日本人の自我のあり方に関係があるのかもしれないな、などとも思う。明治からこっち、和魂洋才などと言われて、西と東、ふたつの方向に首を振りつつ生きている日本人の自我。畳の部屋にソファーを置いて暮らしてきた日本人。

そんなことをつらつらと考えながら会場を回っていて、今回の目玉の一つである≪生々流転≫の一挙公開を見始めた。


《 生々流転 》一部

生々流転は、大観が55歳の頃の作品だ。約40mちょっとの絵巻は、収める陳列ケースもまた長大で、ちょっとした競技用プールの奥行きがある。40mの絵巻を一度に最初から最後まで見るのは、わたしもはじめてで、長い長いケースの前を、たくさんの人たちと一緒に、じりじりとゆっくりとしたカニ歩きで見ていった。一滴の水が川になり、大河になり、大きな海になり、そしてまた雲になって、いつかはじまりの一滴の水に戻っていくのだ。すべてのものは変わってゆく。そしてまた元に戻り、輪廻を繰り返す。

長い絵巻をゆっくりと見ながら、不思議にいつのまにか横山大観に感じていた、ちりちりとした苛つきというか、かすかな反感のようなものが自分の中でゆっくりと消えていくのを感じていた。

あれはどういう不思議だったのだろう。

ゆったりと流転する画面を見ながら、私もまたゆったりと絵巻の中にたゆたっていた。「どうだ」というつもりで作ったはずの生成流転の画面から、いつもの「どうだ」という声は、あまり聞こえてこなかった。私のイメージの中の大観の肩の力もなぜかすこし抜けているように見えた。こちらが本当の大観だったのだろうか、とふと感じた。

大観の若い頃の作品に、キリストと仏陀孔子と老師が幼い少女を取り囲んでいる《 迷児 まよいご 》という作品がある。孔子、釈迦、老子の三聖を一緒に描くのは昔からある画題だけれど、そこにキリストと女の子を加えるところが、うまく説明できないんだけれど、見ていてなんだか赤面してしまう。「東洋」ではなく、「世界」に視野を広げた若い大観の野心のようなものが伝わってくるようで、なんだか中二病的というか、こっぱずかしい。

でも、若い大観がこの作品を描いた明治時代、日本もまた開国をして西洋と出会い、ちょんまげを落とし洋服を着て、必死に新しいアイデンティティを模索していた時代だった。ある意味、大きくふりかぶることも、西洋に視野を広げることも、時代の必要だったかもしれない。大観は近代化を目指してまっしぐらに走っていた日本がまさに必要としていた画家だったのかもしれない、という気がしてきたのだ。

そんな時代を考えれば、あの女の子は当時の迷える日本そのものなのかもしれないという風にも見えてこなくはない。突然割って入ってきたキリストは女の子の隣に陣取り、手を上げている。女の子の前でかがんだ孔子と彼女の視線は合わず、釈迦はキリストの後ろに押しのけられている。大観は、この作品で何を言いたかったのだろうか、と想像してしまう。

そんな大観が今も、日本でもっとも人気のある画家のひとりとして多くの人たちに愛されていることは、どういうことなんだろうと考えるのも面白い。日本人はいまだに明治時代のまま、日本に片足を置いたまま、もう片足で西洋的な、なにか大きなものを追いかけているのだろうか。

または≪生々流転≫で思いがけなく見えたような気がした静かな大観が本音なのか、いつもの「どうだ」と大きく出る大観が本音なのだろうか、という謎もある。本人に聞いて見ないとわからないけれど、もし聞いてみたとしても、大きな声で笑い飛ばされそうな予感が濃厚にする。結局、わたしにとって横山大観は気になる謎の画家のままなのだ。

会期は5月27日まで。

では今日も、大きく、自然に良い1日を!

画像参照:トップ《 群青富士 》 1917(大正6)年頃 絹本金地彩色/《 生々流転 せいせいるてん 》 1923(大正12)年 絹本墨画/《 迷児 まよいご 》 1902(明治35)年 絹本木炭 生誕150年 横山大観展 特設ページ