レミ・ジュニエ・ラフォルジュルネ・オ・ジャポン2018など

またしてもすっかりご無沙汰して、はてなのURLを忘れそうになる始末。なにかに夢中になると、いろんなことが器用にできないたちなのです。いいかげん、連休からもう一ヶ月で、忘れそう。

しばらくビジュアルアートのポストが続いたので、連休前に聞いたレミ・ジュニエと、GW恒例のラフォルジュルネ・オ・ジャポン2018の備忘録。

レミ・ジュニエ

彼はラフォルジュルネにも出ていたけれど、ラフォルジュルネを開催する国際フォーラムはあまり音が良いとは言えないので、文化会館の小ホールのリサイタルのみをチョイス。あの小ホールの音は独特で、強く聞こえるというか印象的でかなり好き。特に印象的だったのはペトルーシュカ。生き生きとしたバレエ・リュスの名曲だが、舞台で踊るペトルーシュカが目に浮かぶ熱演だった。フランスものは嫌いだったと本人は言っているようだけど、ラヴェルも美しかった。フランスものやロシアものをもっと聞いてみたい。まだ若い演奏家なので、がんがん攻めてほしいなあ。バッハやベートーベン(しかも31番)はもっと年取ってからにとっておいたほうが良いのでは?

曲目 ●J.S.バッハブゾーニ編):シャコンヌ  ●ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 op.110 ●ストラヴィンスキー:「ペトルーシュカ」からの3楽章 ●ラヴェル:ラ・ヴァルス

ラフォルジュルネ・オ・ジャポン 2018

例年適当に面白そうな公演があったらチケットをとるのだけど、今年のラフォルジュルネは、気がついたら鍵盤ばかり。今年からは都内も二箇所で開催するようになり、日本各地にも増えて、どんどん大きなイベントになっているけれど、初期の頃の「めったに聞けないへんてこな曲が聴ける」という面白さのほうもなくなってきたかな。卒業する演奏家パフォーマーも増えてきたし、そろそろ私も聴衆卒業が近いかも。昔の勅使河原さんのダンスとクラシックの共演とか、ピエール=ロラン・エマールのメシアンみたいなとんがった公演が懐かしい。

ルーカス・ゲニューシャス

なかで、数年前感動的なラフマニノフのピアコンを聞かせてくれたルーカス・ゲニューシャスによるヒンデミット《ルードゥス・トナリス》は、彼の勝負曲(?)だけあって、非常に生き生きとしたエネルギッシュな演奏でおもしろかった。アンコールのデシャトニコフも、ジャズ的な熱気みなぎる演奏で、会場も興奮。

ヒンデミット《ルードゥス・トナリス》1〜5

アンヌ・ケフェレック

今年のアンヌ・ケフェレックが弾いたのは、お得意のドメニコ・スカルラッティスカルラッティは、30曲のソナタ集の出版に際して、「深刻な楽想を期待するよりも〜中略〜邪心のない技術的な工夫をしてください。私は皆さんを楽しませることができると信じています*」と書いたという。何も難しいことを考えず、ただ素直に弾けば美しい曲なのだという意味ではないかと私は思う。彼女の透明な音色、子供のように純粋なスカルラッティを聞くたびに、その言葉を思い出す。

ケフェレックが弾く、スカルラッティソナタK.27。

ラルス・フォークト

チケットを取った時に一番楽しみにしていたのは、ラルス・フォークトのピアノ。今回は弾き振りだったが、あの巨大な会場では、彼の繊細で美しいピアノがイマイチ聞こえなくてひたすら残念。指揮がなかなか良かったのはうれしい予想外だけれども。

ショパンノクターン、この人のショパンも美しいんですよね。

ほかにもいろいろ聞いたのだけれど、このへんで。

ショパンコンクールおよびチャイコフスキーコンクールで両方2位を取った若手ピアニストルーカス・ゲニューシャスが、デシャトニコフほかを弾いたアルバム。

2015年、ケフェレックは、なんと40年ぶりにスカルラッティを再録音。宝石箱のようにスカルラッティの美しい数々の曲を楽しめるアルバム。

ラルス・フォークトはどのアルバムも美しいんだけれども、子供のためと思っていた曲たちに秘められた繊細さや美しさを教えてくれた、このアルバムをチョイス。子供に戻って弾いてみたくなること請け合い。いかにもいかついドイツ人顔だけど、心は優しく繊細なのだろうなあ。

*スカルラッティ ソナタ集1 中山靖子編 音楽之友社より引用

*画像は、ぴあ特設サイトから引用。