最近、なんだかすごい時代になってきたなあ、と思うこと(とひとりごと)

なぜかオニギリ。オニギリはやっぱり梅干しが好きです。

すごい時代になってきた、と思う

最近すごい時代になってきたなあと思うことが多い。良い意味でも悪い意味でも。

無料の本や漫画、毎日レッスンを受けても月数千円しかかからないオンライン英会話、数百円で記事を書いてくれるライター、信じられないくらい安い、時に無料のプログラムやウェブサイト。

ときに、「こんなお金であなたたちは生きていけるの?」と心配になってしまう。

サービスや商品が安すぎて、どうにもサービスを提供する人が儲かるように見えない。たぶん儲かる人がいるとすればほんの一部、サービスの胴元だけじゃないだろうか?

もちろんそんなことは頭ではわかっていたんだけれど、あらためて「えぐいなあ」と思うことが増えた。正社員という視野狭窄を抜け出した結果、見る位置が変わって、いろんなものが見えるようになってきたのかもしれない。

一見報酬が減らなかったとしても、100円ショップのお菓子の中身がじつはこっそり減っているように、一人一人に要求されることがどんどん増えて高度になっている。たとえば楽器プレゼントで有名なある音楽教室では、受付のカウンセラーはいなくて、先生が営業も事務作業も、もちろんレッスンもすべてをこなすという。

受益者としては、安くて良いサービスを受けることができてラッキーなのかもしれないし、胴元はコストがかからずに「安くて良いサービス(商品)をみなさんにお届けしたい」と目を輝かすのだけれど、現場は大丈夫なんだろうか?

そういう兆しはずっとあったけれども、たぶんこの20年ほどで急激にものの価値だけでなく、人間の労働の価値が信じられないくらい安くなってきている。前インターネット時代に人間がやっていたことを、コンピューターとインターネットサービス、あとロボットで、すごく安く代用できるのだから当たり前といえば当たり前なのだけれど。

それから、東京に住んでいるとレストランも美容室も医者も歯医者も、とにかくたくさんあるなあと思う。そんなにたくさん食べられないし、髪の毛は月に1センチしか伸びないし、そんなに病気にもならないし、歯も決められた数しかない。サービスを提供する側が多すぎる。悪いけど、ちょっと気に入らなかったら、すぐに他に乗り換えればいい。もっと安くて良いところがいくらでもある。競争が厳しすぎるなあと思う。

なんでこんなことになったのだろう?

それで、ふと「なんでこんなことになったのだろう?」と思ったのだ。といっても答えはでないけど。

こんな世の中で、みんながお金を使わないのはむしろ当たり前だ。お金を得ることが昔よりもずっと難しくなってきているのだから。お金をばんばん使う方が気が狂っている。

もしかしたら…お金を中心とした経済自体ががもしかしたら崩れ始めているのかもしれない。そう思うと、ちょっと薄寒い気分になる。じゃあ次はどんな世の中がくるの?どうすりゃいいのよ?どこかに逃げ場所はあるの?

でも、世界中どこに行ってもインターネットがもたらした本質的な世界の変化から逃げることはたぶんできないのだろうなあと思う。

もらえるお金で考えたら、働くことは多くの人にとってかなり馬鹿らしくなりつつある。実際に、この報酬じゃあばかばかしくて、寝てた方がいいなあと思う仕事がある(もちろん断る)。だって私がやらなくても、喜んでやる誰かがいる。だれも困らないのだ。

人生はリスクAとリスクBの比較

なんだか、こうなってくると、お金のことだけ考えれば論理的にベストな結論は「なるべく働かないほうが良い」なんじゃないかとも思えてくる。

でも、すぐに死んで逃げられる世代はいいんだけれど、まだすぐに死ねない世代はどうすればいいんだろう?短絡的に考えると、なるべくお金を使わないようにすること、お金を貯めたらまだ物価の安い国に移住すること?

うーん、それもなんだかつまらない。嫌なことを我慢してやっても、報酬が少なくて報われないのだとしたら、できる人が少ないこと、ほしがる人が少ないものを、報酬が少なくてもしたいことをしたほうが良いのかもしれない。人生は結局リスクAとリスクBの比較なのだから。

そういえば、起業が多い地域というのは、雇用が不安定な場所らしい。普通に働いていても貧困リスクが高いから起業をするのだ。日本に起業家が少ないのは、まだ雇用が比較的安定していて、リスクが低いことを示している。それも、いつまで続くかわからないけれど。

とはいえ、自分が本当に好きで、それで一生を費やして後悔しない、という仕事を探すのも案外大仕事なんだよね。私は恥ずかしながらまだ見つかっていないと思う。死ぬまで探し続けてやっぱり見つからずに死んじゃうのかもしれないなあとも思う。それでも、怪我をするからと遠足に行かないよりは、やっぱり遠足に行きたくなってしまうのだ。

お弁当と水筒は忘れずに

そんな私は、ガリバーのように待ち望んだ故郷にやっと帰ってきても、やっぱりすぐに船の帆をあげたくなってしまうのだ。

まあ、こんなしょうがない自分だから仕方がない。傘とお弁当と水筒、それからおやつ300円分のリスクヘッジを忘れずに、口笛を吹きながら遠足を続けようと思う。

もしかしたら、梅雨空でちょっと気分がダウンしているのかもしれません。そんな日もあるさ。しかしただぐだぐだ書いているだけなのに見出しをつけると、なにか主張があるみたいに見えますね。そうでもありません(笑)。

冷たい雨の日には、なぜかグールドが聴きたくなります。グールドといえばバッハですが、私は彼のベートーヴェンもすごく好き。ということで、あえての『6つのバガテル』。ベートーヴェンが作曲した最後のピアノ曲です。けして録音も多くない曲ですが、グールドは強いこだわりを持って、自分が録音する曲のレパートリーを選んでいました。バッハ以外の作曲家の作品にも素晴らしい録音がたくさんあるんですよねえ。

さすが人気のピアニスト、CDも何回にもわたるリマスター盤や、いろんなベスト企画盤があってすでにわけがわからない状況に(うちのCD棚も)。こちらはベスト盤です。

低気圧に負けずに、良い一日を!