映画「ヒトラーを欺いた黄色い星」と、理不尽な力への対処の仕方

今日も暑いですね。すこし前に見た映画「ヒトラーを欺いた黄色い星」 のことを話そうかな。

戦時中のベルリン、すべてのユダヤ人は収容所に送られ殺された、と思われていたけれど、実は7000人ものユダヤ人が街に残って潜伏し、戦争を生き抜いていた。そして彼らを匿ったドイツ人がいた、という話。実際に潜伏して生き残ったユダヤ人の老人たちの話と、再現ドラマ(と言っていいのかな?)が錯綜して一つのフィルムになっている。

老人たちの多くが口にしていたのは、あのドイツ人たちがこんなことをするなんて「信じられなかった」ということ。彼らは戦争が起こる前、ドイツで生まれ、ドイツ人の隣人や友人に囲まれてふつうに日々を過ごしていたのだろう。

ある日突然、血統が原因で一箇所に集められて、まるで実験動物のように殺されるという残虐、それが多くの人間が関わる国家という組織で、止められることなく行われていたという恐ろしすぎる事実は、いくら考えてもほとんどシュールリアルだ。

大きな力に抑圧されている人間というのは、どこか思考能力を奪われてしまうようなところがあるのかもしれない。ドイツ人が残虐行為に手を貸した一方で、ほとんどのユダヤ人も自らの意思で招集に応じた。でなければ酷い目にあうし、きっとどこか田舎に行って農作業でもして過ごすのだろう、と彼らは思っていたのだ。

真実の行き先はは、もちろん収容所だった。多くの罪のないユダヤ人が、全てを奪われてガス室のなかで亡くなった一方、7000人の人々は、自分の意志だったり、偶然だったり、誰かの勧めだったり、さまざまな理由からベルリンに残り、それが結果的に彼らの命を救ったのだ。多くの人がそうしたように、理不尽な力に従わなかった彼らは生き残れたのだ。そしてまた力に屈しなかったドイツ人が彼らを助けたのだなあと思うと、なんだか感慨深い。

それにしても、ナチの話は心が痛い。でも、なぜか見なければといつも思う。

ドイツでこういう「戦時中、ドイツ人にも良い人がいた」という映画が作られ、公開されるということは、なにかの(時代の?)微妙な変化なのだろうか?私が何も気がついていなかっただけかもしれないけれど。

日本を振り返ると、あの戦争は静かにただ消えていくように見える。日本人がアジアで何をしたのか、日本でなにが起こったのか。いくつか、アートプロジェクトは思い浮かぶものの、もしかしたら残したい人はいても、聞く人がそれほどたくさんいないのかもしれない。

ところで、理不尽といえば(?)、最近トランプ大統領の妻メラニアが個人的に気になっている。最初は豊胸手術済みの大きなおっぱいの、元セクシーなランジェリーモデルで、トランプとはお金目当てに結婚したのだろうか?と思っていたけれど、移民の子供達を尋ねた際に着ていたザラのジャケット「本当にどうでもいい。あなたは?(I REALLY DON’T CARE, DO U?」の件以降、なんだかトランプから独立して、自分の意志で行動し始めている、ように見える。娘のイヴァンカが、父親の言いなり(彼女も父の勧めで豊胸手術済み)なのとは対照的だ。

彼女が、トランプが繋ごうとする手を払いのけ、冷たい目でじろりと夫を睨みつけるたび心の中で、ついつい「やれー」と応援してしまう。ネットいじめ(夫トランプの得意技?)撲滅運動に取り組んでいる彼女は、はじめのどこか心細い様子と違って、毅然としてきたように見える。東欧から成功を求めて出てきて、モデルの仕事を得るため豊胸手術も受け、成功を勝ちとったというのだから、きっと本当はすごく強い女性なんだろう。

しかし、娘にまで豊胸手術を受けさせるなんて、トランプって胸の大きな女性がよっぽど好きですよねえ…。