三月三日の思い出

彼は、小さい時閉じ込められて育ったせいか、家に来て小さな箱から大きな空間に出たとき、すぐにベッドの下に逃げ込んだ。私がベッドの下を覗き込むと、不安そうな2つの目もこちらを見た。

けれど、はじめての夜が来た時、彼は目を爛々とかがやかせ、暗闇の中を縦横無尽に全力で駆け回りはじめた。私は面食らってしまったけれど、彼を止めることはできなかった。彼は私の寝室のベッドの上で勢いをつけるとドアのところまでダッシュして、そしてまた逆側の窓のところまで弾丸のように駆けていき、私のベッドめがけて飛んで来た。 彼は始終無言でランダムに走り続け、飛び続け、私のいつもの慣れ親しんだ寝室を、濃密な密林の夜に変えてしまった。

朝が来た時、私は彼の野生にぐったりとして、とても一緒に暮らせないと思ったけれど、そんな夜は二度となかった。最初で最後の解放の祭りだったのかもしれない。 彼は、まだ手のひらに乗るほど小さな子猫だった。

落ち着いて一緒に暮らし出すと、彼はとても気が良く愛情深いたちで、家にいるときはまるでストーカーのように私の後を追いかけてどこにでもついてきた。トイレのドアを締めると、外で出てくるまで待っていたし、風呂にはすまして一緒に入ってきて、風呂の蓋の上に座り込み、自分の仕事だとでも言うように真剣な顔で私を見張った。夜は、どんなに遅くなっても玄関で出迎えてくれたし、長く旅行に行っても、一度として拗ねたり怒ったりすることもなかった。ただ私が帰ると、その日の朝出て帰ってきた日と同じように大喜びしてくれた。まるで犬のようだねと家族は笑った。

そんな彼にも苦手なものがあった。掃除機と車だ。彼は、暴力的な音を立てる掃除機に追い回されることにたいそう憤慨し、スイッチが消されてだらしなく倒れている敵を見つけ出すと、おもむろに利き手でバシッと平手打ちを食らわせ、尻尾をぴんと立てて意気揚々と立ち去るのだった。そして、車には自分からはけして近づかなかった。病院に行く日はどうやって察知するのか、必ず朝から家のどこかに隠れたが、結局見つかってちょっとした騒ぎの後にバスケットに入れられ、車に乗せられる。だが、車が走り出してとうとう止まるまで、大声で叫んで恐怖を訴え、びっしょり冷や汗をかいた。あまりの恐怖にこちらがおろおろするほどだった。バスケットも当然大嫌いで、慣れるように見えるところに出して置いておいたのだけれど、わざと遠巻きに避けて歩いていた。近づくと車に乗せられると思っていたのかもしれない。

そんな彼が一度だけ、自分で進んでバスケットに入ったことがある。

実家を出る日、猫は家につくと聞いていたので、連れて行くのは無理かなと思ったのだけれど、玄関先で彼に「一緒に来る?」と聞いたのだ。彼は私をしばらく見て、それから私がバスケットの蓋をあけると静々と自分でなかに入って、みんなを驚かせた。車の中ではいつもと同じように泣き叫び、びっしょり汗をかいて私をおろおろさせたけれど。その頃住んでいた古い2DKのアパートで、彼は変わらずひとりでじっと私の帰りを待ち、おもちゃで夢中になって遊び、私の腕枕で小さないびきをかいて眠った。

何年か前の3月3日、彼は私よりだいぶ先に逝ってしまった。空っぽの体は小さくて軽く、冷たかった。ほとんど突然、わたしは彼がひどく老いていたことに気がついた。

ありがとう。いつか天国で、みんなで遊ぼうね。

今週のお題「ひな祭り」というより三月三日の思い出。天国に行けると良いんだけど。行けなかったらどうしよう。

最後まで読んでくれてありがとうございます。本格的に花粉が飛び始めましたね。花粉症の方は、マスクを忘れずに今日も良い1日を!