指人形「気楽坊」と気楽じゃなかった後水尾天皇ー「寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽」展より

冬季オリンピックに盛り上がった先週末、「アート好きのみなさんもさすがに家のテレビに張り付いてオリンピック観戦をしているに違いない」とレアンドロ・エルリッヒ展に行ったら1時間待ちだった。オリンピックを見ない都民が六本木に集結していたのだろうか。いやすごい人気ですね、ほんと。

というわけで、サントリー美術館で開催中の「寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽」展へ。

天皇は何をしているの?

以前、外国人と日本の「天皇」の話になったことがあって、今は天皇は政治とは関係なくて日本のシンボルなんだよという話をしたら、けっこう驚かれた。「じゃあ、天皇は何をしているの?」と聞かれて、一瞬答えに窮してしまった。

現代の世界の王制についてよく知っているわけじゃないのだけれど、日本の天皇を、英語の”Emperor(皇帝)”として考えてしまうと、すこし変わった存在になるのかもしれない*1。今もそうだけれど、権力を持たない時期がすごく長い。政治の実権を持たない”Emperor”ってなに?というのが、彼女が感じた疑問だったのかもしれない。

実際のところは、1000年以上の長い間「天皇家」が維持されてきたのは、天皇が、もともと神の声を聞く「神官」、今で言うと「教祖」みたいな聖なる存在として神話に結びつけられたからだろう。現人神だなんて信じている人は現代ではさすがにもうほとんどいないと思うけれども、聖なる存在には、ともかくもいてもらったほうが良かったのかもしれない、と考えると納得できる。

英語のGodと日本の神

昔の人は、「スーパーナチュラル方面の恐怖」みたいなものがとても強かった。菅原道真とか、平将門とか、崇徳天皇とかを神社に神様として祀っちゃったのは、「祟り」をおそれてのことと言われている。神様にしちゃえば祟らないだろうということなのである。悪霊を追っ払わないで祀っちゃうところがおもしろい。内部化して取り込んでしまうのだ*2。強力すぎてとても追っ払えないと考えたのかもしれない。平将門が嫌いなので、神田明神にはぜったい行かない、という大学の先生を知っている。

神道では日本には八百万の神がいると言われているけれど、この「神」は、ご存知の通りキリスト教イスラム教の唯一神とはぜんぜん違う。自然神もいるけれど、祟り神もいるのである。以前見た、日本美術を紹介するBBCのドキュメンタリーでは、日本の神を「Kami」とそのまま紹介していて、彼らも困ったのだろうなと思った。逆に、日本には”god”がたくさんいると言うと誤解を招くので言わないほうがいいかもしれない*3。わたしもその方面の話になったら”Kami”と言っている。

話が逸れてしまったけれど、昔の人はそれほど「祟り」が怖かったのだろう。源氏物語で、葵上を取り殺した美しい才女、六条御息所の話を読むと、平安時代のひとたちが悪霊を恐れて右往左往している様子がよくわかる。讃岐国に流された崇徳天皇はたいへんな怨霊になり、のちに神となった。

そうやって考えると、極端に言ってしまえば、天皇って”Emperor”よりもどっちかいうと”Pope(教皇)”に近い感じがしなくもない。そして、日本という国を、時代と地域と両方ものすご〜く遠くから見てみると、ちょっとした宗教団体に見えてこなくもない*4。(あくまでも個人的な意見です。右翼の人が見ませんように☆)

指人形 気楽坊 附 写人形

相変わらず前置きが長すぎてすみません。短めを心がけているのだけれど、余計なことばかり思いついてどんどん脇道に逸れた結果長くなってしまう。気楽坊のことを書こうと思ったのに。

「気楽坊」は、指人形と名付けられているけれど、大きさから見るに、手にすっぽり被せて操ったのだろう。それも指人形ですかね。会場には二体あって、うち一体の背中には後水尾天皇が詠んだという

世の中は気楽に暮せ何ごとも思へば思ふ思はねばこそ

という歌が(たしか)書かれた布が(たぶん)縫い付けてあった*5後水尾天皇は、近臣に文書を下す際に女官にこの人形を操らせて渡したという。

秀忠の娘和子と政略結婚を余儀なくされた後水尾天皇は、徳川幕府との軋轢にたいそう苦しんだ人だ。権力を徹底的に集中させる中央政権を目指した幕府に背いた紫衣事件をきっかけにか、和子との間にできた当時まだ7歳の娘に体調を理由に突然譲位し上皇となった。天皇でありつつ、幕府に経済的にも頼らざるを得ず、ある種のささやかな政治的力も完全に奪われ、なんとも言えない思いを抱えただろう。

「気楽に暮らせ」と言いつつ、気楽とは程遠い人生みたいに見える。人形みたいなお気楽な笑顔は、自分ではとても作れなかっただろう。だからこそ人形に身代わりをさせたのかもしれない。天皇という最高位にあるはずなのに、武家天皇の仕事は学問と儀式とされ、従わなければならない。芸術は幕府に命じられた役割でもあったが、後水尾院自体も、芸術に救いを求めたところもあったのかもしれない。

手渡した文書はどんな内容だったのだろうか。人生は、天皇であってもけして思いのままにはならないのだ。

でも、後水尾天皇は政治にかかわらず、文化と学問を役割とする最初の天皇上皇)となり、文化の復興に力を尽くした。修学院離宮を作り、寛永文化の中心人物ともなったのだから、やはりパワーのあった人なのだろうなあと思う。立花*6に凝って、花会をせっせと催したりもした。花会は公家だけのものではなく、町の人が催したりもしたらしいし、そうした花会に公家のひとも出かけていったらしい。

◼️後水尾天皇 (中公文庫)

ところで、くだんの質問には、シンボルとして「外交」をやったりしている、と答えたような気がする。でも、「シンボルとして外交」じゃあ、一種のゆるキャラですね。有名な「Kumamon」とどう違うのか?次聞かれたら、いろんな儀式を行ったりもしている。と付け加えよう。うん。あと、今考えると、いま王制を取っている国はほとんどが立憲君主制で、政治的な力を制限されているわけだから、大昔から政治力を持たなかった日本の天皇は、ある意味先取りなのだよ、とかいう屁理屈で返しても面白かったかな?
さんこうURL:天皇陛下はどんなお仕事をなさっているの? - 宮内庁キッズページへようこそ!!
ひとつの血統に政治力に持たせるとろくなことにならないものですよね。いまなら、キムさんとかいう、ふとったおとこのひととか?

ところで、いままでは企画展ごとに複数の作品や作家をごちゃっとレビューしていたのだけれど、やはり作家さんに申し訳ないし、ひどい長文で読みにくいと思うので、小分けにしてみます。ブログは、常に迷走中です!(←ついに開き直った)

それにしても、こんな長文を最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。書くのも時間がかかるけど、読むのも時間がかかりますよね。今日もたくさんの幸運がありますように!「気楽」に、良い一日を〜!

注のようなもの

1:英語では、一つの国を統治するのが“Emperor”、その下に小さな王国(kingdom)があり、その統治者が“King”です。宗教的なリーダーとして、“Pope”(教皇)をいただく彼らにとっては、EmperorおよびKingは政治的(現世的)なパワーを意味するのでしょう。日本の天皇も敗戦後象徴になった時点で、Emperorを廃業して、タイトルを“Tennoh”とでもすればよかったのに。英語で説明しようとすると、(たぶん政治力がある) Emperorなのにsymbol(象徴)という、なんだかよくわからないものになるじゃないか。とはいえ、英国のエリザベス女王がどれだけ政治力があるかといえば、現在の立憲君主制ではあんまり変わんないのかもしれません。でも、日本の「まったくない」に比べれば、あるていど政治的影響力はあるらしい。
2:この発想って、戦犯を合祀するという発想につながっているような気がする。悪なるものを、内部に取り込んで祀れば聖なるものに変化し、生きてる者を守ってくれるというのが神道の発想ですよね。戦犯の内部化については、拙ないですがこちらでも書きました。日本人以外には、なかなか理解されにくいのかもしれないと思う考え方です。
3: 表向きgodは一神教の神、ヒンズー教などの多神教の神はdeity(複数でdeities)です。まあ、実際はそうでもないみたいだけど。以前NHKの英語放送で神道の神をdeitiesと言っていてなるほどと思ったことがあります。でも、”Kami”と言って、force of natureみたいな説明を加えるほうが、すっと取り込んで自分なりに理解する人が多いと思います。(ほんとうは英雄神や祟り神もいるけど、説明しずらいし、聞く方もそこまで関心がないだろうと思うので、スルー)
4:実際は、仏教が伝来して以来、皇族も貴族も神道よりも仏教との関わりが深い。だいたいは年を取ると出家し、剃髪した。わたしは読んでいないけど、昔オウム真理教を担いでしまい騒ぎになった島田裕巳先生が、天皇は今でも仏教徒である (サンガ新書)という本を出しているみたいだ。個人的には、神道を宗教として考えると、生きて悩む人間の心を支えるには素朴すぎるような気がする。仏教はひとの悩みに答えてくれる。
5:「たしか」とか「たぶん」とかが多くてすみません。間違っていたら教えてくださるとうれしいです。
6:池坊専好がはじめた立花は、現代の池坊のいけばなにつながっています。さらに遡ると、聖徳太子に仕えた小野妹子まで…。すごーい。

調子に乗ってアートのお題も作りました。ちいさな美術鑑賞部、のようなもの。 お題「今週のアート」

*画像参照:紺文工芸館

寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽」は4/8まで。ほかにも素晴らしい作品が多数。