コンフォート・フードとコンフォート・ブックス、ふたりのメリー・ポピンズのこと

コンフォート・フードとは

英語にcomfort food (コンフォート・フード)という言葉があるのはご存知でしょうか。食べると「ほっとする」「おちつく」「なぐさめられる」食べ物のことです。だいたいは、子供の頃食べていたメニューが多いんじゃいかと思う。チキン・スープなんかが代表的じゃないだろうか。ほかにも、アメリカだとマック・アンド・チーズとか。ラザニアというのも聞いたことがある。イタリア系の人だったと思う。だいたいの傾向はあっても、Comfort foodは個人的なものなのだ。

でも、どこか体が温まりそうなメニューが多いのは偶然でもなさそうだ。前も書いたけど体が感じる暖かさと、心が感じるあたたかさを脳は区別しないというから。

自分のコンフォート・フードは、としばらく考えてみて、「茶碗蒸し」を思いついた。でも、お店で食べるなめらかな卵豆腐風の茶碗蒸しではダメで、母が作った出汁の量が多めで、お店よりもずっとやわらかい具沢山の茶碗蒸し。やはり、それぞれの子供の頃の記憶と強く結びついたものなのかもしれない。

コンフォートブックス?

自分のコンフォートフードが茶碗蒸しだと気がついたところで、今日書きたいのはむしろ、コンフォート・ブックスのことです。といったって、そんな言葉があるわけではない。でも、コンフォート・ブックスってあるよね、と思ったので、今作った。谷川俊太郎展に行って子供の頃を思い出したせいかもしれない。

本というのは、親友や恋人と似ていて、ある時、ぴったりのタイミングで出会って、強い思い出を残してくれる。しばらくすると本棚の奥にしまいこまれて忘れられてしまうのだけれど、大掃除の時や、引っ越しの時に本棚のほこりと一緒に発見され、うっかりページを開いたら最後、その時の空気や気持ちも一緒に蘇ってきて、そのまま掃除も忘れ、座り込んで読みふけってしまう。

わたしは、断捨離的な理由で(当時そういう言葉はなかったけれど)何度か大々的に蔵書を売ったことがあるのだけれど、「あれ、売らなければよかったなあ」と後悔している本がけっこうある。ほかにもいろんなものを売ったり捨てたりしているけれど、唯一後悔しているのは本だけだから、良い本は買って無駄にならないなと思う。あと、いらないと思っても、読んだ時に感動した本はやはり取っておいた方が良い。

また長大な前置きで恐縮ですが、そんなコンフォート・ブックスが、誰にでもあるんじゃないだろうか。子供の時に読んで、時たま取り出して、また古く茶色くなったページをめくっていると、子供にすっかり戻ってわくわくしたり、気持ちが落ち着いてくるような本だ。

わたしも、わたしのコンフォート・ブックスについてすこしずつ書いてみたい。大人向けの本ではなくて、子供向けの、しかも昭和の本になりそうだけど。同じ本が好きだよ、という人に巡り会えたら嬉しい。

ふたりのメ(ア)リー・ポピンズ

一冊目というか、シリーズなので一冊ではないんだけど、メアリー・ポピンズシリーズは、ジュリー・アンドリュースが演じたディズニー映画のメリー・ポピンズの原作である。メリーとメアリーと読み方が違うけど、間違いじゃなくて、もとは一緒。オーストラリア出身の英国人作家P・L・トラヴァースによる児童文学である。

映画は見たことがある人も多いと思うけれど、ジュリー・アンドリュースのはじけるように健康的な明るい笑顔と、のびのびとした歌が魅力的な楽しいミュージカル映画だ。でも、映画のほうだけしか知らない人は、原作を読むとたぶんびっくりすると思う。

映画メリー・ポピンズより"Supercalifragilisticexpialidocious"。どんな時でも、Supercalifragilisticexpialidociousと言えばうまくいっちゃうと歌う。さすが、夢と魔法の王国である。

原作のほうのメアリー・ポピンズは、一番上の絵を見ればなんとなくわかるように、ナニー(乳母)にもかかわらず、自分の虚栄心にまっすぐに、隙ひとつなく(当時の)流行ファッションに身を包んで、高慢ちきに鼻を鳴らし、ルールや権利にうるさい。さらに英国人らしく皮肉っぽく、どっちかというと怒りっぽい。親しみやすいキャラとはとても言い難い。ナニーなのに。

でも違う見方をすれば、ディズニー風に毒をすっかり抜かれる前のメアリーは、一見冷たくヘンに見えても、内面にはあたたかい愛情を持った、個性的で人間的な魅力のある、誇り高く有能な女性だ。欠点もあるけれど、その分人間臭い魅力にも事欠かない。というか、この欠点が、メアリー・ポピンズの魅力の半分くらいを占めている。フン、という高慢ちきな返事は、実は照れ隠しなのを読者は知っている。反抗期のティーンエイジャーか。

英国では、未だに新聞に「メアリー・ポピンズ求む」という求人広告が出るという話は有名だけれども、本当だろうか?求人欄を見ないので、未確認情報だ。でも、厳しくて欠点もあるものの、人間臭く、子供達にいつも新しい冒険や経験を与え、新しい世界を見せてくれる有能なナニー。いるならわたしも育ててもらいたい(笑)。

今年、ディズニーが50年ぶりに新しく映画「メリー・ポピンズ・リターンズ」をリリースするので、英国ではちょっとした話題になっているらしい。今度の映画はもっと原作よりのメアリー・ポピンズになるみたいだ。うう、楽しみ。

そういえば、前作の映画制作の裏話を描いた「ウォルト・ディズニーの約束」という映画もあったっけ。エマ・トンプソンがトラヴァース、トム・ハンクスウォルト・ディズニー役で、作品世界を守りたい児童文学者と映画を成功させたいビジネスマンの丁々発止がなかなかおもしろかった。

今は、作品世界をちゃんと守って映像化するのが当たり前のようなので、時代が変わったのだろうと思う。映画を見る消費者側の質も変わったということだろう。

時折、本棚の奥から古い岩波少年文庫を引っ張り出す。本棚には原書もあるのだけれど、やはり子供の時に読んだ林容吉さんの訳がしっくりするのだから、コンフォートブックスなのだなあ。そして、ジェインやマイケル、双子たちと一緒に、メアリーに夢の世界に連れて行ってもらうのだ。

今日は祝日。夢と魔法にあふれた1日を!

◼️原作のメアリーポピンズシリーズ(出版順)

風にのってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)

風にのってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)

帰ってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫 53)

帰ってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫 53)

とびらをあけるメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)

とびらをあけるメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)

公園のメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)

公園のメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)

わたしは生牡蠣と舌平目のムニエルを食べると、必ずメアリー・ポピンズを思い出します。クランペットも。分かる人には分かる?
台所のメアリー・ポピンズ おはなしとお料理ノート

台所のメアリー・ポピンズ おはなしとお料理ノート

原作者による楽しいクックブック。

戦後の子供達を思って創刊されたこの岩波少年文庫の奥付の数ページ前に「岩波少年文庫発刊に際して」という1ページがある。そのページには、 「一物も残さず焼き払われた街に、草が萌え出し」という一文で始まる文章があって時代を感じさせる。紙質はいまいちだけど、挿絵はたくさん入っていて、わたしが小学生の頃、安いものは400円代から600円代くらいで買えた記憶がある。そろそろ少年少女文庫に変えてもいいんじゃないの?とは思うものの、今も千円以下で買えて、良いシリーズだなと思う。

◼️メリー・ポピンズ(映画)

映画は映画で、ミュージカル映画としてとても楽しい。上で紹介した"Supercalifragilisticexpialidocious"のほかに、"Chim-Chim Cher-ee"とか"Spoonful of sugar" など名曲もたくさん。

◼️メリー・ポピンズの約束(映画)

*画像は「とびらをあけるメアリー・ポピンズ」岩波少年文庫 1975年版 表紙より

また一冊じゃないけど、お題「今週の一冊」。そして、お題「好きな作家」