はじめての一人暮らしと大きな無垢の木のテーブル

東京出身者の悲しみ

東京または近郊で生まれ育つことには、メリットもあるとは思うけれどデメリットもある。最大のデメリットは、親元から離れづらいということにつきる。家から通えちゃうからである。

わたしが「一人暮らしをしたい」と思い始めたのはかなり早い時期だったと思う。ひょっとしたら中学生くらいの時にはすでに思っていたかもしれない。うるさい親から離れて自由に、できるものなら自分の好きなように暮らしたかった。書店でインテリア雑誌を買ってきては、一人暮らしの部屋にどっしりとした大きなテーブルが欲しい、などと(お金もないのに)夢想していた。ちょっとしたインテリア小物を買って自分の部屋を飾っていたのも、今考えると親の趣味ではない、自分の独立した世界が欲しかったのだと思う。

大学に入って、地方出身の友人たちが親から離れて思い切り羽を伸ばしているそばで、実家通い、門限付きのわたしは、「いいなあ、うちが田舎だったらよかったのになあ」と羨んでいた。今考えると、ホームシックでそっと枕を濡らしていた友達もいたのかもしれないけど。

さらに当時は「きちんとした家の娘さんは一人暮らしをしてはいけない」という今では??な社会通念があり、就職活動の時にも一人暮らしの女性は差別されるというまことしやかな噂があった。理由はなんと、女性が一人暮らしをすると、異性との交流(!)によって生活が乱れるというものだった、わはは(←笑う)。

この手のたくまい想像力に関していえば、もっと昔に遡ると「女性が自転車に乗ると、性的に興奮して悶えてしまう。よって女性は自転車に乗ってはいけない」というものがあったそうです。では、みなさんご一緒に笑い飛ばそう。わっはっはっは!ほら、飛んで行った。

脱線してしまいました。

わたしの一人暮らしと大テーブル

私がやっとこさ一人暮らしを始めたのは、社会に出て数年経って、親のガードがだいぶ緩くなってから(笑)だった。静かな住宅街の中にあるちいさな新しいアパートの一階で、ほんとうに猫の額のような小さな庭とそれを囲む生垣に惹かれた。近所には生協のスーパーがあって、日曜日になると千葉からやってきた行商のおばさんたちが道端に野菜を広げて売るようなちょっとのどかな雰囲気のある街だった。

やはり喧騒の真ん中のようなところには住みたいと思わなかったし、しかも駅からしばらく歩くロケーションを選んでしまうあたりは、どこかで自分の実家の面影を求めていたのかもしれない。

その小さな、壁の薄い急ごしらえの狭いワンルーム・アパートの部屋のど真ん中に、私はスペイン製のごつい無垢のパイン材の大テーブルをどんと据えた。伸張用の板(重い)を使うと、10人くらいはいっぺんに座れそうな、一人暮らしの小さなアパートにはとても似つかわしいとは言えない大きくて重いテーブルだった。まさにスペインの大家族の農家のキッチンにありそうなごついやつだ。

当然部屋は狭くなったけれど、テーブルが作り出す重さが、どこかアンリアルで、頼りなくふわふわと宙に浮いているようだった小さなワンルームに、存在感を与え、どっしり落ち着かせてくれるようだった。真新しいユニットバス、真っ白なビニール壁紙に、木目をプリントしたクッションフロアのアパートの部屋にいると、なんだかプラスチックのおもちゃの部屋の中にいるように感じられなくもなかったのだ。

そんなふうに、小さな地面と生垣と、どっしりとした木のテーブルのある部屋で、わたしははじめてのひとり暮らしを始めた。好きな音楽を聴きながらのんびりと本を読んだり、泊まりに来た友達と飲みながら将来の夢について語り明かしたり、やさしい老夫婦がやっている近所の豆腐屋さんでおいしいがんもどきを買ってきて煮て食べたりした。休日の朝眼が覚めると、近所の石窯のある美味しいパン屋さんまでいそいそと焼きたてパンを買いに走り、カフェ・オ・レやミルクティーを丁寧に淹れた。一人暮らしを思い出す時はいつでも、あの分厚い頼り甲斐のあるテーブルの感触が、条件反射のようにありありと蘇ってくる。

そして、なんだか「ああ、幸せだったなあ」と思う。

一人暮らしを始めたばかりの君たちへ

今も、不幸せなわけじゃないんだけど、なにもかもが新鮮で、やっと巣からひとり立ちした小鳥のように、まわりのすべてを目を輝かせて見ていたあのころの若い自分を思い出すと、なんだか抱きしめてあげたいような気持ちになるのだ。なにも知らなかったし、たいしたことはなにも経験していなかったけれど、だからこそ世界はキラキラ輝いていた。

もしかしたら静かな3月の夜に東京のあちこちで、今まさにはじめての一人暮らしを始めたばかりの君たちが、「ひとりで頼りないし、寂しいなあ」と思っているのかもしれない。でも、きっとこれから友達も増えて忙しくなるし、いろんなことがあっという間に変わるよ。今年は桜も早く咲きはじめたし。

そしてそんな君たちもいつかきっと、なにかが始まる前のほんの一瞬の静かな今を、かけがえのない思い出としてなつかしく振り返るときもあるんだろうな、と、一人暮らしを卒業してだいぶ経ったわたしは、ちょっとうらやましく思ったりするのである。

では、二度とない今を大切に、今日も素敵な一日を!

#私の一人暮らし

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*Photo by ORNELLA BINNI