『植物は<知性>をもっている(書籍)』と佇むパン

佇むパンはなにを思うのか?

昔のMacユーザーによる、Macは生きている説

わたしは古くからのMacユーザーで、最初に買ったPCもMacだった。ついでに言うと、その頃アップルはアップル・コンピューターで、「MacMacなので、PCではない」と言い張っていた(笑)。MacMacintoshだった頃のことだ。

その頃のMacユーザーというのは、わりとまだマイノリティだったので、いまよりもさらにクレイジーなところがあって、ユーザーの間では、「Macには意志がある」というようなことがまことしやかに語られていた。

買い替えを考え始めたとたんMacがふてて壊れたとか、毎日声をかけてあげると処理スピードが上がるとか、オカルトですよね、ほとんど。でも、たくさんのユーザーがわりと真剣にそういうことを言っていた。

iPhoneに関してはそういう話をあまり聞かないので、iPhoneは意志を持たないのかもしれない。なぜだろう。

そういえば、ものに心がある、という本が昔ちょっとした話題になって、私も買って読んだのだけれど、今は手元になくてアマゾンで見つけることもできない。もしご存知の人がいたらタイトルを教えてほしい。

小麦粉と心が通じている?

そんなことをふと思い出したのは、国産の新麦の粉を2種類使ってみてなんとなく、どうも国産の粉と心が通じるようになってきたような気がしてしょうがないからである(笑)。

どういうことかというと、特に意識的に扱い方を変えているわけではないんだけど、だんだん何もしなくても、私の好みを忖度して、粉たちがパンになってくれるようになってきた。ような気がするのだ。

最初の頃は、うまく膨らまなかったり、食感が悪かったりしたはずなのに、最初とは明らかに違って、私好みのリュスティックなハードパンにどんどん近づいてきている。これ、今までずっと使っていた北米とか欧州の粉には一度も感じたことのない不思議な感覚なんですよね。作るたびに粉が素直に、なってほしいパンになってくる。

小麦粉は粉になる直前は種だったわけだし、命あるものだったわけだから…なんて思っていると、パンの佇まいになんとなく人格ならぬパン格を感じてしまったり。

いやあ、ちょっとまぬけなことを書いているな、と自分でもわかってはいるのです。実際は、無意識で扱い方が変わってきているだけ、と言われてしまいそう。でも、やはりパンが焼けるたびにちょっと不思議な気持ちになるのです。日本語、つうじてる?

植物は<知性>をもっている

サボテンが世話をする人のことをきちんと覚えていて、一種のコミュニケーションを取っているというのはわりと有名な話ですが、最近は植物もちゃんと痛みを感じているとか、知性を持っているということが言われるようになってきた。

日本人は、長く生きている植物を神木などといって祀ったりするように、自然に畏怖の念を持つところがあるので、そういう考え方もわりとすんなりと受け入れられるような気がする。でも、キリスト教的人間中心主義的な文化のなかでは、脳もなく、意志や知性もない(ように見える)植物は、長く動物よりも劣った生き物として軽んじらてきた。かわいそうに、ノアの箱船にも乗せてもらえなかったらしい。

植物生理学者のステファノ・マンクーゾによれば、地球に芽生えた命は「動く」種と「動かない」種に別れたが、植物はその動かないほうの生命体なのだという。そして植物たちは、体の作りやコミュニケーション方法は違うけれど、知性をもっているそうだ。ちょっとSFっぽくてわくわくするけれど、実際彼が植物研究の道に向かったのは、10代の時に読んだSF小説がきっかけだった。

◼️植物は〈知性〉をもっている 20の感覚で思考する生命システム

◼️植物は〈未来〉を知っている―9つの能力から芽生えるテクノロジー革命

たしかに植物に脳はないのだけれど、この本を読んでいるうちに、脳がないことが知性を持たないことと同じことなのだろうか?と考え始める。植物は、周囲の環境を感じ取り、意志をもって「動く」らしい。特に、根は成長しながら音さえ出し、電流によってお互いにコミュニケーションを取っているという。

当たり前のように思って見過ごしていた植物の「行動」、たとえばたんぽぽは夜になると花を閉じるけれど、もしかしたら睡眠を取っているのかもしれない。とか、衝撃で葉を閉じる性質を持つオジギソウが、しばらくトラックに積んで走り回ると、そのうち葉を閉じなくなる、揺れに慣れて葉っぱを閉じるのがめんどくさくなったのかもしれない、とか。考え始めるととても楽しい。

結局そこまで深く考えていったら、ベジタリアンなんて無意味になるのかもしれない。植物を食べることと動物を食べることの間に引かれた線の理由が見つからなくなるのだから。

◼️樹木たちの知られざる生活: 森林管理官が聴いた森の声

こちらも面白かった。ドイツで公務員として林業に関わっていたけれど、独立してフリーランスの森林管理官となった著者による、森のつぶさな観察で、森の樹木たちがいかに知性を持ち、お互いに助け合って生きているのかがよくわかる。森に出かけてみたくなる一冊。

たんぽぽが花盛りでした。きみらは何を考えているの?

お題「今週の一冊」